『レッドクリフ』は、ジョン・ウー(呉宇森)監督による中国アクション映画中国文学の四大古典小説とされている羅貫中の『三国志演義』を基に、前半のクライマックスシーンである赤壁の戦いを描く。2部構成となっており、前編にあたる『レッドクリフ PartI』が2008年、後編にあたる『レッドクリフ Part II -未来への最終決戦-』が2009年に公開された(日本では4月9日から)。当初は一作のみの予定であったが5時間を超える長編になってしまったために、一部の地域を除き2部構成に分けての上映となった。(wikipediaより)
公式ホームページ
西暦208年に中国の長江の赤壁において起こった曹操軍と孫権・劉備連合軍の間の戦いである。孫権・劉備軍が勝利し、曹操の中国天下統一は阻止された。
・曹操軍は当時、中国の長江以北をほぼ押さえ、大勢力に発展。
100万とも言われる軍勢の力で、長江以南も制覇して、中国の天下統一を図ろうとしていた。
・一方、孫権・劉備連合軍の兵力は10万程度とは言われるが、曹操に降伏する道を選ばず、対決を選んだのであった。
・曹操軍と孫権軍はにらみ合う形成となり、次第に船の戦に不慣れな曹操軍では疫病がはやりだした。(三国志演義では不慣れな船の戦を少しでも有利にするため、曹操の見方であるように装っていたものの、実は孫権側だったホウ統が、曹操に船を鎖でつなぐように進言し、曹操はその通りにした。そのため、船が密集してしまった)
・劉備側の孫権軍の武将の黄蓋は、敵(曹操軍)の船団が密集していることに注目し、火攻めの策を進言した。そして自ら曹操軍に対し偽りの降伏をし、曹操軍が油断した隙に、敵船に放火した。折からの強風(三国志演義では孔明が招いたという風だが)にあおられて曹操の船団は燃え上がり、曹操軍は潰走した。

http://www.arachina.com/(中国旅行さまのサイトより)
孫権軍は伝統的に「水軍」が強く、河の上での戦いに自信を持っていたから。
曹操軍は水上の戦には慣れていなかった。孫権軍はそこに勝機を見いだそうとしていたのである。
孫権軍の有力な将軍である周瑜は、「北部地方の軍勢が中心の曹操軍は水軍(船上の)の戦いに慣れておらず、しかも土地の風土に慣れていないので疫病が発生するだろう。それに曹軍の水軍の主力となる荊州の兵(劉宗の降伏により傘下に置いて直後)や、袁紹を下して編入した河北の兵(官途の戦いで曹操が打ち破ってからはまだ数年程度)は本心から曹操につき従っているわけではないのでまとまりは薄く、勝機は孫権軍にある」と分析し、孫権に降伏ではなく戦いを勧めた。
曹操は敗れたが、元々の領地はほとんどそのまま保った。
孫権と劉備が荊州を巡って争うようになった。(ここがわかりにくいところ)